アンコンシャス・バイアスを理解する (2)
米国・オーケストラにおける採用バイアスの事例
アンコンシャス・バイアスによる事例として最もよく知られているのは、1970年代から1980年代にかけての米国のオーケストラでの女性演奏家の採用に関する問題です。当時、米国のオーケストラでは男性が大半を占めており、女性のオーケストラメンバーはほとんどいませんでした。音大を卒業する女性は多いにもかかわらず、楽団員はほぼ男性。その状況に問題意識を持った楽団が様々試みた中で一番有名なものがブラインド・オーディションです。
ブラインド・オーディションとは、演奏者と審査委員の間にスクリーンを置き、ジェンダーをわからなくした上で、演奏力だけで判断するものです。これまでの審査はオープンな環境で実施されていたので、性別のみならず人種も明らかな状態で行われ、結果として楽団の構成は男性(主に白人)が95%でした。
しかし、このブラインド・オーディションで演奏者の顔が見えないようになったところ、女性の採用率が急激に上昇しました。女性演奏者が25%となり、その後確実に増え続け現在では40%を超える構成へ。正確な人数は明らかになっていませんが、団員数はいずれの時代も100人前後と言われているので、現在の女性団員数は40人程度と推察されます。
この事例は、アンコンシャス・バイアスが採用プロセスに影響を与える可能性があることを示唆しています。ジェンダーや人種などの要因によって、採用プロセスが歪められることがあるため、公正な採用プロセスを確保するためには、アンコンシャス・バイアスに対する意識と対策が必要です。
組織内のアンコンシャス・バイアス
2021年4月に厚生労働省が公表した新たな履歴書の様式例では、男女どちらかの選択式だった性別欄を任意で記載する項目へと変更されました。また、一般企業が社員の採用試験で提出を求めるエントリーシートなどでは、大学名、フルネームや性別の記入、顔写真の添付を不要とするケースが少しずつ増えているようです。このように採用については企業側の意識と対策が変わってきています。採用におけるアンコンシャス・バイアスが存在しているという事実を認識し、対応ができれば、応募者の能力や業務への適性に正しくフォーカスした採用プロセスとなります。しかしながら採用におけるアンコンシャス・バイアスは組織の中で起こりうるアンコンシャス・バイアスのほんの一例であり、原因・結果・対策が、比較的明確で取り組みやすいものでもあります。
組織においてのアンコンシャス・バイアスの悪影響は、従業員の無気力感を生み、ひいては組織全体のパフォーマンス低下につながります。それは優秀な人材の流出にもつながり、イノベーションが生まれにくい組織が形成されてしまうリスクをはらんでいます。
具体的な例で場面を想定してください。例えば、「子育て中の女性に出張は難しい」、「女性に責任のあるポジションを任せるのは荷が重い」と考える上司がいるとします。よくありそうな場面であり、むしろ、上司は女性に配慮していると思われるかもしれませんが、実はステレオタイプバイアスや慈悲的差別が隠れています。上司のこの思考や行動をそのまま実行した結果、負担の少ない、軽微な仕事ばかりを任せられた社員は、「自分は期待されていない」とやる気や自信を失ってしまうかもしれません。部下の成長の機会を奪うことになり、更には離職・転職へつながる可能性があります。
ここでの問題点は、本人の意思や希望を確認することをせずに、上司は配慮を良かれと思い込み、実行してしまった点です。もし上司が行動に起こす前に本人の意向を確認する対話をする機会を設けることができたら、部下も納得感を持って職務にあたれるかも知れません。実は責任のあるポジションにやりがいを感じ、より上を目指したいと考えているかも知れません。子育て中でもパートナーや家族など周囲のサポートが整っていて、出張も問題ない体制ができているかも知れません。様々なケースが想定されるので、上司は自分のものさしで判断せず、まずは本人に聞いてみることが大切です。一方で部下は「言っても理解されない」などと、上司や会社に対してバイアスを持っていることも想定されます。
1人ひとりが、アンコンシャス・バイアスが存在するという事実をしっかり認識することと、心理的安全性が担保された、きちんと対話ができる組織が望まれます。次回は心理的安全性について理解を深めていきたいと思います。