「速い選手」ではなく「強い人間」を育てる ― 赤池健監督の人間育成型指導に見る、マネジメントの本質 ―
はじめに
高校駅伝の世界で、私立・大牟田高校は全国優勝5回を誇る名門校。その伝統あるチームで長く指導にあたり、2024年の全国高校駅伝では準優勝へ導いたのが、赤池健監督です。
その赤池監督自らの体罰問題発覚(2023年3月)、その後2025年4月に赤池監督は鳥取城北高校へ移ったのですが、その際、大牟田高校駅伝部19人中18人の生徒が転校し、監督についていくという、駅伝名門校における異例の事態は大々的に報道されました。
監督による体罰、高校生の部活動の在り方など、さまざまな観点や意見があることは承知していますが、「生徒はなぜ赤池監督についていったのか?」、そんな素朴な疑問がわき立ち、2026年3月、月橋は鳥取城北高校を訪ね、赤池監督ご本人と、10人の駅伝部部員にインタビューを行いました。
そこには、単に練習メニューや競技力向上のノウハウだけでは説明できない、人を惹きつけ、育て、動かす指導の力がありました。一方、集団転校した側と受け入れ側、2つの組織のハレーションとシナジー、それぞれの生徒の葛藤、チームの再構築など、さまざまな面も見えてきました。
赤池監督の指導は、競技指導であると同時に、人間育成です。その本質は、生徒だけではなく、企業や行政の人材育成にも通じるところがあります。第1回では、生徒たちの言葉を手がかりに、赤池監督がどのように人を育て、なぜ選手たちがその指導についていったのかを考えてみたいと思います。
「速い選手」ではなく「強い人間」を育てる
赤池監督で特徴的なのは、単に「速い選手」を育てるのではなく、苦しい場面で自分に勝てる“強い選手”を育てることを重視していることです。
長距離走は、単なる走力だけでなく、駆け引きや粘り、そして自分自身との闘いが求められる競技です。特に駅伝競技では、苦しい場面で粘れるか、自分に負けずに走り切れるか、に加えて、仲間のために力を出し切れるかが問われる競技。
だからこそ赤池監督は、速さよりも「強さ」を重視しています。ここでいう強さとは、タイムだけではありません。自分を律する力、苦しい場面で逃げない力、自分に勝てる選手のことを指します。そして、『競技力の土台には、日々の生活態度や人間性がある』と考えのもと、指導では次の点を大切にしています。
| 観 点 | 内 容 |
|---|---|
| 強い選手の育成 | 速さだけでなく、苦しい場面で自分に勝てる選手を育てる |
| 生活面の重視 | 生活態度を整えることが、競技結果につながる |
| 自主性の育成 | 自分で考え、判断し、行動できる選手を育てる |
| 受け答え・礼儀 | どこに出ても恥ずかしくない態度や言葉遣いを身につける |
| 人としての成長 | 競技者である前に、一人の人間として成長することを重視する |
一言でまとめるなら、
速い選手ではなく、強い選手を育てる。
そして、競技を通じて、どこに出ても恥ずかしくない人間を育てる。
という指導方針です。
競技力以前に、日常生活の姿勢を重視
赤池監督の指導では、競技力以前に、日常生活の姿勢を大切にしています。長距離走は自分自身と向き合う競技であり、苦しい場面で踏ん張れる精神力は、練習中だけでなく、普段の生活の中で育つという考えのもと、生活面では次のような基本を徹底しています。
| 項 目 | 内 容 |
|---|---|
| 挨拶 | 相手に敬意を示し、自分から気持ちよく挨拶する。 |
| 素直さ | 指導や助言を受け止め、自分の成長につなげる。 |
| 謙虚さ | 結果におごらず、周囲への感謝を忘れない。 |
| 仲間意識 | 一人ではなく、チームの一員として行動する。 |
| 感謝の気持ち | 家族、仲間、支えてくれる人への感謝を持つ。 |
| マナー・礼儀 | 言葉遣い、整理整頓、靴をそろえる、食事作法、物を大切にするなど、日常の所作を整える。 |
| 正直さ | 嘘は許さない。社会に出て信用を失う行為だからこそ、正直であることを重視する。 |
| 人としての尊重 | タイムの速い遅いで人の価値を決めない。 選手間に優劣をつけず、一人ひとりを大切にする。 |
赤池監督及び生徒へのインタビューを通じて、はじめに感じたことは、「日常生活の姿勢」に対する規律性の厳しさです。生徒自身も「厳しい」と発言しています。中には、一見競技とは直接関係がないように思える行動も重視しています。しかしながら、赤池監督就任後に寮生活を始めた、元々鳥取城北高校の生徒も同じように規律を守って生活しています。昨今の若手世代には最も敬遠されうる、このように厳しい指導が、なぜ生徒に受け入れられたのでしょうか。
赤池監督・指導方法の特徴
赤池監督が日ごろどのように生徒に接しているのか、生徒の発言から推察できます。それは、赤池監督が挨拶や礼儀、生活習慣、感謝の気持ちを大切にし、それらを単なるルールとして押しつけるのではなく、「なぜ必要なのか」を一つひとつ説明していた、ということが伺えます。一つひとつの行動に理由を説明し、「だからやるんだ」と、生徒が納得できるように伝えているという点が若い生徒にも厳しい規律が受け入れられた要因の一つだと考えられます。
日頃の生活習慣について、なぜそうしなければならないのかも教えてくれる
この言葉に、赤池監督の指導の本質が表れています。人は、命令されたから動くのではありません。「意味を理解し、納得したときに、自ら行動を変える。」そんなことが体現できているのです。
たとえば、挨拶については、単に「挨拶しなさい」ではなく、「挨拶は第一印象をつくる」、「人間関係をつくる入口になる」というように、社会生活や人との関係に結びつけて教えています。生活習慣についても、「競技のために必要だから」だけではなく、「人としての基盤になる」「社会に出て信用される人間になるため」というところまで意味づけしています。だから生徒側も、表面的なルールとしてではなく、自分の成長に必要なこととして受け止めているように見えます。生徒に「人間として成長している」という実感を与える指導は、単なる「競技指導」ではなく、「競技を通じた人格形成型の指導」とも言えます。
| 特 徴 | 生徒の発言から見えること |
|---|---|
| 理由を説明して納得させる指導 | 「なんでそうしなければならないのかも教えてくれる」という発言から、生活習慣や礼儀を形式的に押しつけるのではなく、意味づけして伝えていることが分かる。 |
| 競技と生活を切り離さない指導 | 「生活面、人としての基盤を教わる。その基盤の上に陸上がある」という発言から、陸上の結果だけを追うのではなく、生活・人間性を競技力の土台として教えている。 |
| 結果より成長を重視する指導 | 「一つの結果で一喜一憂しない」という発言から、タイムや順位だけで評価せず、長期的な成長や姿勢を見ていることがうかがえる |
| 自立を促す指導 | 「他責任ではなく、自分から積極的にやっていくことの大切さ」という発言から、受け身ではなく、自分で考えて行動する選手に育てようとしている |
| 社会に出た後まで見据えた指導 | 「社会に出てから役に立つこと」「人間として成長できた」という発言から、高校駅伝のためだけでなく、卒業後も通用する人間形成を意識している |
| 人との関わり方を教える指導 | 「あいさつは第一印象、人間関係作り」「思いやり、人に親切にする、気を配る」という発言から、チーム内外で信頼される態度を重視している |
| 上から抑えつけるより、内面に落とし込む指導 | 生徒が「やらされている」ではなく、「大切さを教わった」と表現しているため、行動の意味を本人の中に定着させる接し方をしていると考えられる |
この指導方法は、企業や行政の人材育成にも通じるのではないでしょうか。挨拶、報告、時間管理、整理整頓、約束を守ること。これらは社会人としてはごく当たり前の基本的な行動に見えますが、組織で信頼される人材になるための土台です。それは、やって然るべきと捉えている多くの先輩社会人がいる一方、昨今は「なぜ挨拶をしなければいけないのか?」、「なぜこの仕事を私がやるのか?」などと、疑問を投げかける新入社員は少なくないようです。単に「ジェネレーションギャップだね」で終わらせてしまうのか、「決まりだからやれ」と伝えるのか、「なぜそれが信頼につながるのか」まで説明するのかで、大きく違います。
今回、生徒たちの言葉を手がかりに、赤池監督がどのように人を育て、なぜ選手たちがその指導についていったのかを考察しました。次号では、厳しさはどこで不適切指導に変化するのか、考えていきたいと思います。